数年前、途中まで読んで、ほったらかしていた本書を最初から読み直し、読了しました。
素晴らしい小説だと感じました。私自身通訳案内士として言葉を扱う者です。
そして、自分の生まれ育った日本という国にいながら、英語を使っている。その大多数の場合において、日本におけるマジョリティであるはずの、日本生まれ日本育ち、ルックスも日本人という自分が、英語ネイティブに囲まれて、不自由な英語を扱うマイノリティに転ずるという、普通に考えるとあり得ない体験を日常とします。
ガイドになりたての頃は今よりはるかに英語も拙く、それだけでバカにされたり、見くびられたりすることがありました。今は見た目が若いので、「学生?」と聞かれることはあっても、英語という観点で排除されることはまずありません。言語ができる、少なくとも相手に太刀打ちできるというのは、大げさではなく、人間として生きるということです。
この小説の中で、とても激しく、強く、私を打った言葉がありました。
オリーブとサリマがスーパーで再開するシーン。そこで、ハリネズミが孤独を経験したことに思いを馳せ、涙するオリーブに寄り添い、「その調子じゃあ、あんたこそ、長いあいだひとりでつらかっただろうに」とささやきかかけます。その二人を見た夫が励ますように、「友達なんだろう?」というシーンです。
普通に読めば、「ひとりぼっち」という概念に対応して「友達」という言葉を持ち出し、「ひとりじゃないだろ」というニュアンスの温かい言葉なのだと思います。しかし、私はここでどうしても「友達」と”friend”のギャップを思わずにはいられませんでした。
日本語の「友達」と英語の”friend”には大きな隔たりがあると実感しています。もちろん、私は海外で英語を学んでいないので、詳しいニュアンスや感覚を身に付けているわけではありませんが、自分が学んだ範囲では大きな差があると確信しています。日本語の「友達」の方が狭い、friendは「知り合い」に近いと思っています。この夫の言葉を目にしたとき、即座に「友達」が”friend”に変換されました。
するとどうでしょうか。オリーブとサリマは確かに深いところで繋がっている「友達」ではあるけれども、それは夫からすると”friend”という数ある一人のような印象を受けるのです。
思い悩むことがあるとき、「誰かに相談すればいいのに」と軽々しく言っているのに似ています。「誰か」なんていないのです。だから悩むのです。その悩みは確かな友達でないと言えないのです。でも、周りから見ると、私にとって「友達」なのか「知り合い」なのかはわからない。唯一無二の存在を、多に還元してしまう「誰か」という言葉。それに近い”friend”という言葉。この物語では夫はその言葉しか持ち得ない。なぜなら英語ネイティブだから。確かにsoul mateとかclose friendとか、言おうと思えば言えますが、あくまで基準は”friend”という、「友達」よりもっと大きな概念に生きている人なのです。
この夫は本来friendという言葉でしか表現できない世界にいるから、「友達」とは言わない。「知り合い」と「友達」が一緒の世界に生きている。そんな思考が一瞬にして働き、この発言の「友達」はあくまでも”friend”なのだ、と感じました。しかし、二人を目の前にした夫は、”friend”という言葉の枠を超えていることがわかっている、だから手を添えたのでしょう。この行動の温かみこそ、人と人を、差異の元において繋ぐことができるのだと強く信じます。
人間の相互理解は想像によってしかなし得ない、なぜなら言語が、つまり自分の生きる世界が意識を規定してしまうから。言葉を手に入れるということは、新しい基準を手に入れること。新しい生きる術を手に入れること。新しい生活を手に入れること。新しい世界を手に入れること。それをしないで同様のことを得ようと思えば、何か強烈なものを目の当たりにするしかなく、この物語で何か新しいものを得たのは言葉を得た女性たちだけではなくて、彼女のそばにいた夫もでしょう。
自身の仕事に翻って考えてみるに、観光の際、自分の世界をそのまま地域へ持ち込むお客様は確かにいらっしゃいました。こちらの世界に寄り添うことがないまま、自分たちのルール・観光客だから・休日だからを押し通すというのは、私が無視されているような気分になって、ガイドをしていて楽しいと感じませんでした。それは私の・私たちの世界に対する敬意のなさでもありました。私はそのような方をガイドとしてご案内する可能性を減らしたかった。だからこそ、日本に住む人を大事にしたいと思うのかもしれません。新しい世界の獲得に苦心している人の一助になりたい。それは日本人であろうが、外国人であろうが、差はありません。改めて、自分の辞職の判断、現職への覚悟に襟を正す思いです。
至極どうでもいいことですけれども、「新しい世界」と言えばA Whole New World~Aladdin~ですね。Broadway版のこの歌、大好きです。
リンク