月別アーカイブ: 2019年3月

もやもやすること

今日はお茶園のご案内がありました。非常にお客様は気に入ってくださり、ぜひご友人にも薦めたいとのことで、会社名と私の名前を控えてくださったのですが、もうすぐ退職する身。会社に所属して働いている以上、道義的に個人のアドレスは教えるべきではないし、とても悔しい思いをしました。お客様のお一人はツアーコンダクターでいらっしゃいました。そのため、同じツアーを今後のお客様にも私をご指名で予約してくださるとのことでしたが、辞めるとも言えず苦々しかったです。

マナーとしてツアーを盗むこと・お客様の引き抜きは控えるべきであることは重々承知しています。特に京都で生き抜こうと思うのならば、先人の顔を立てるということを怠る訳にはいかないというのが私の考えです。だからこうやって自分の進退や個人の連絡先については沈黙を守る訳ですが、「また会えるのを楽しみにしているね!」という言葉に言い知れぬ罪悪感を感じます。ガイドとして雇われた者とお客様という非対称性が生じ、友達同士ではないのでビジネスライクにしていれば良いのかもしれませんが…。

人との出会いが何よりも思い出を彩り、その彩りを再度求めてはるばる日本までやって来てくださる方たちがいる。近々私をオーダーすることができなくなることは確定しているのですから、再訪された際にはどうかいいガイドが付いてほしいと思うばかりです。

ただし、某社を辞することに後悔はありません。好きなツアーや将来楽しみに予約してくださるお客様のご期待に沿えないことは心残りですが、それらを上回るメリットがあると感じます。何より、人を大事にしないところにいてて良いわけがない。残る2か月を、出会うお客様にご満足いただけるよう精いっぱい過ごしながらも、そろそろ自分自身のツアーコンテンツや具体的なビジネスのロードマップを考えないといけません。

まあ、俗なことを言えば旅行関係者のリピーター客を逃したのは正直言って残念…。

『新書で名著をモノにする 平家物語』 ①

この本を読み始めました。

実のところは、以前半分ほど読んでおもしろいと思っていたのに、そのまま業務に忙殺されて積読になってしまっていました。ツアーにより捻りを加えたいと思って模索していた際に見かけ、歴史を、歴史として目を向けるのではなくて、現代と比較するのはおもしろそうだ、という所感を抱いたのでした。

朝廷=改革を掲げる政府(朝令暮改)、騒ぎ立てる寺院勢力=マスコミ、口を挟むだけの貴族=批判だけの野党と置いたうえで、21世紀現在が乱世を超えて末法の世であるという指摘があります。といっても、深入りして現代社会を糾弾しているのではなくて、平家物語と現代を横に並べながら、いかに共通点が多いか、ということを検証しているようです。

気を改めてもう一度最初から読んでいます。

京都をご案内する際に何よりも思うのは、日本の歴史を詳しく知らない方にどのように面白いと思っていただくか、ということです。私のスタイルとして、というか私に限らず、第一線で活躍するガイドさんは基本、物語としての歴史を伝えようとしています。そのために語り部になるというのは一つの方法であると感じます。平家物語はそのような意味で、語り物ですので、大のお手本と言えます。文章の流れの良さと語感がとても好きだという個人的嗜好を除いても、参考にすべき題材であるでしょう。実際、ツアーに出始めたばかりの頃は、桃太郎やかぐや姫など、昔話を自分で語りとして再現できるように練習しました。

また、物理的な問題として、京都をご案内するということは貴族・武士の栄枯盛衰をなぞることでもありますから、人物の逸話や性格を学ぶ上でも役に立ちます。

昔話に現代の視点を絡めていく、というのは着想としては良さそうな気もするのですが、いまいち具体的な構想までは練れていないので、もう少し読み進めながらじっくり考えたいと思います。

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『京のまつりと祈り』

読了しました。

八木透先生は直接お話をおうかがいしたことがあり、興味深い視点だなと感じたことから、著書を読もう読もうとずっと思っていました。先日、親しくさせていただいている人生の大先輩と話していた時に、ご友人同士であることが判明したことで、再度読まねばという意識を強くしました。

さて、水のまつりと火のまつりという視点から京都の年中行事を読み解いていきます。まず、年の前半には水に関連したまつりが多く、後半には火にまつわるまつりが多いという指摘があります。

これは初めて直接お聞きした際に、なるほど!日本のまつりをこの視点で解説するのはガイディングとしてかなり深いものになるぞ!と納得しきりでした。そもそも、自然の捉え方が日本と西洋とで少し違う以上、神道・仏教関わらず、不思議なものはたくさんあるわけです。禊としての水、厄除けとしての火と同時に、全てを飲み込む水、焼き払う炎という相反する側面を持つ二つを畏れ崇めたのは日本人からすればごく自然に聞こえるのですが、一般の西洋からいらしたお客様にとっては自然はコントロールするものという意識が強いですので、目から鱗であることが多いです。

そのような水と火の性質から、日本の四季を考えると、雨季である梅雨時期には河川の氾濫を恐れ、水の神々を鎮める必要があったことにあわせ、水の恵みが豊作をもたらします。そのため、水のまつりは豊作祈願と生活の安寧を祈る側面があります。一方、火のまつりでは新嘗祭としての役割が多くありながら、一年のうちで最も太陽の力が弱まる時期に、何とか太陽のエネルギー、ひいては、生命のエネルギーを復活させようとした人々の祈りが表れているということでした。

概論としての一冊ですので、それぞれのまつりについては実際にまつりをご案内するとなると、より注意深くリサーチを重ねる必要がありますが、イベントとしてまつりを個々に見ていくのではなくて、一年の流れとして考えていく際に、見逃せない視点であると感じます。そしてその一年の流れというのは、日本の四季が生み出したかけがえのない財産ですので、Right now we have a special event/festival. You are lucky to be here in Japan! という説明にとどまることなく、Right now we have an important event to pray for a safe life without floods and harvest. You are in Japan at rainy season that means…. And after this season….と一年のサイクルのうち一つの節目であるという視点から、深めてお話できればと思います。

体のメンテナンス

ツアーガイドをしていると、疲労している状態がデフォルトになってきます。特に私は元々体が弱めで、無理が祟りやすいです。もうすぐ地獄のような20連勤(増えるかも)があるのに、毎日毎日体が重いことで憂鬱になり、ツアーの準備が進まないことがストレスになっていました。

昨日、友人とバーで飲んでいるときに「体凝り固まりすぎじゃない?これはまずいでしょ。」と言われ、本日家からさほど遠くない整骨院のURLが送られてきました。

意を決して行くかーと思い直前ながら偶然枠が空いていたので予約。

結果的にこれは英断でした。

体の節々が痛い状態が緩和されただけでなく、ボディメンテナンスについて聞けたり、筋肉について掘り下げた話が聞けました。何より、1時間の予約だったのに、2時間半近くいました…。本当にありがたかったです。

「20連勤が終わったらまた来ます。」と言って後にしました。

その後結局重い荷物を持って仕事をすることになるのですが、心なしか体だけでなく気分も軽かったです。

同時通訳ワークショップ

先日、同時通訳のワークショップに参加しました。

通訳訓練を受けたわけではないので全くのド素人なのですが、興味は常々あったので、これを機会にと思っての2度目の参加です。

結果。

自分のできなさに悲しくなりました。

英語⇔日本語の転換が下手とかいう以前に、何も聞けてないのではないか、と感じました。

口が全く動かない。

これが現場だったら即クビです。

通訳ガイドをしていても通訳する場面はそれほどなく、曖昧な表現で誤魔化すこともできるのですが、視察の対応であったり、文化通訳であったりという場面は無きにしもあらずなので、訓練をぼちぼち始めたいな、と心の内では思っているのですが、なかなか体も気力も忙殺されてついてきません。

繁忙期はとりあえず乗り切ることを最優先にしないといけません。

それが終われば、ガシガシ勉強したいのだけれど、さあどうだろう。