竹内整一氏の著作についてはこれまでも何度か触れてきました。
折を見て読もうと思っていた一冊を読了しましたので、記録がてらさらっと挙げておきます。この本は、私としては改めて手元に置いて書き込みながら、ツアーの主軸に据えて使いこなしたい一冊です。
「わび・さび」とか、「夢幻」とか、「あはれ」とか、そのような日本事象を形作る様々な言葉に通底するのは「儚さ」なのではないか、と個人的に思います。では儚さとは何なのか、どういったところから生まれるものなのか。そのあたりのヒントになるのが本書です。
私としては、西行法師や芭蕉の感性にとても惹かれるものがあるので、その引用があることがうれしくなりました。(というかこの手の話をするにおいて避けられない)(ああ、はやく隠遁したい…)
夢と儚さの関係をもう少し掘り下げると、それだけでボリュームが出そうです。「夢」というキーワードから、なんとくパウロ・コエーリョの『アルケミスト』を読みましたが、確かに西洋と日本の夢の感覚が大きく異なっている気はしました。
夢は見るものなのか浮かぶものなのか、というのも一つ面白い視点かと思います。